go-ka  ゴカ なスローライフ

農的暮らし?をする予定。日の出と共に起き、畑で野菜を作り、・・・たまに、パンなど作り、温泉に入り?。。。まだまだ、予定は未定です。協力者、求む!!!

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朝、雷。内心、今日はゆっくりできるなって思いながら外にでてみました。雨がしんしん?・・・強めにふってました。。。ぼーってしていたら、猿軍団登場!!!・・・石投げちゃいました。

畑に、朝ご飯の収穫。ズッキーニの成長を見守り、レタス、キュウリ、白菜。自然の恵み。
「畑の中で、遊ばせてもらっている」 
いつになったらそんな、心境になれるだろうか。

野沢菜の種取り。種を蒔き、育て、収穫する。そして、種をとり、蒔き。
「調和、多様性、持続可能、循環」
全ては繋がっている。わかっているつもりでも、忘れたり、実行できなかったり、思うようにはいかない。
自家採種は、素晴らしいって思う。

午後から、自然農法センター訪問。
草生栽培、草を敵としないで、草と、友に、共に、生きる。
活かすも、殺すも自分次第なのかもしれないなって。

明日は雨かな。晴れかな?。シャンティー!
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自分は弱いから、強くなりたいと思っている人は多い。
そんなことを思う必要はない。
第一、思ったって強くなれっこないんだから。
弱くっていい。そいうい自分のまま、貫き通すんだ、と覚悟をきめればいいのだ。
岡本 敏子(岡本 太郎 養女)

今の季節、パンが売れない・・・

田んぼで、草とり。4人でやった。早い。一人でやっていたら一日かかりそうなところを、1時間で終わった。平和です。
田んぼで、草とり。お茶をして、ゆっくりと時間が流れます。
いねこさんの、長坂の畑&田んぼにいった。
思ったより、広い敷地をやっていて、びっくり。
畑も田んぼも、いい具合に草が生えていた。思えば、シャロムは草がすくないような、気がした。

舘野さんや、三井さんにも、会えてよかった。

せりがすごい。

一人で、やるって事の重大さ、大変さ、勇気、偉大、パワー、色々な事について、考えさせられた。
今の自分に、一人で、なにができるだろうか・・・ってふと、思う。
AME
今日は雨。最近、なんとなく雨だったけど、今日はかなり雨。

最近を、振り返ってみます。
えーと・・・今日はさっき、お客様の送迎から帰ってきた。5時半。その前に、ヒツジやで、こっそり?コーヒー。(250円)安くてうまいです。

池田にある、ロータスカフェのちゃりーさんと、たみさんがきていたから、野菜の収穫。雨が降ると、¥野菜の喜んでいる顔を感じるのはぼくだけではないような・・・。

体験のステイの・・・内藤さん(あやや)が帰るので、駅まで送り、新しい体験の・・・(名前がでてこない!!!)を、ピックアップして、〒局により、振り込み。

梅を買ってきて(キロ350-400円)、軸をとって、洗う。

なんやかんやで、一日が終わる。
そういえば、桑の実でパンを作ってみた。
普通のパンを作った方がいいじゃないかなって、思う今日この頃。
身体は物を食うて大きくなるけど、
    人の心はなあ、色んな魂が宿るけん
    成長するんだよ
  ― のんのんばあ 『千草の思い出』 ―

週末が終わった・・・今週はパーマカルチャー塾。持続可能な農的暮らし?っていうのかな・・・。
少し夕立があったりして、若干涼しくなったけど、最近、異常気象。毎年、異常って言っているから、あまり、信憑性はないけど。雨が少なく、暑い。もう、気がつけば7月。

最近、朝パンを少し作っている。自己満足。
畑に、行く。レタスを収穫。朝ご飯。
おやきを作り、掃除をする。
自分は、どこに、向かおうってしているのか。自問自答。
パンが、きれいに、焼ける。自己満足(するしかない・・・)。

明日、雨が降るだろうか・・・。
大人の嫉妬は、醜く、男のグチは格好悪いってつくづく、思う今日この頃。

シャンティー。
あなたが空しく生きた今日は、
昨日死んでいった者が、
あれほど生きたいと願った明日。
― 趙昌仁著『カシコギ』―

「死」を考えることは、「生」を考えること。

  「刹那に散りゆく運命(さだめ)と知って
   さらば友よ 旅立ちの刻(とき) 変わらないその想いを 今」

  「いつか生まれ変わる瞬間(とき)を信じ
   泣くな友よ 今惜別の時 飾らないあの笑顔で さあ」
 
   「さくら」作詞・作曲/森山 直太郎

こんにちは・・・お元気ですか?僕は、元気です。今日は、ふと、見た夕焼けがきれ
いでとても、感動している自分がいます。なにげない、風景に感動し、何気ない一言
で、他人を傷つけ、それでも、地球はまわっている、今。

風呂に入り、ご飯を食べ、寝て、起きて・・・また新しい一日がおくれますように。


be simple& be natural....or happy?

ありがとうござました。ごかいち。




私たちは、長い時間経過の中で、明日も明後日も生きているよ
うに思うけれども、実は今という時間しか生きていないんです


 四次元的な話をしますけど、私たちの目の前には過去も未来
も存在していません。存在しているのは現在、今この瞬間瞬間
の刹那だけ。その刹那の連続しかない。だから、未来を心配す
ることは無意味だ、過去のことを心配し、悔いることも無意味
だということです。そんな暇があったら、今目の前にいる人を
大事にしなさい、ということだけなんです。

 人生はものすごくシンプルで、過去のことを心配する、悔や
む。未来のことを一所懸命どうやって正しい道を選択しようか
っていう人は、正しい道を模索しているのかも知れないけど、
そういう生き方ではなくて、今目の前の事と人を大事にしてゆ
けばよい。

 私たちが考えることは念を入れて生きるっていうことなんで
す。念という文字は、「今」の「心」と書きます。念じなさい
、念じなさい、そうすれば未来は自分の思うとおりになります
と、自己啓発セミナーなどは教えるんですけど、念じることに
よって未来が自分の思い通 りになりますかってことは、この
念という言葉の中にはまったく存在しません。なぜそれが言い
切れるかっていうと、今の心としか書いていないからです。

 今目の前の事と人を大事にすること、それが念を入れるって
ことです。簡単なことなんです。だからさっき言った過去のこ
との集積として現在がある、その現在が自分にとって心地よく
ないのであれば、それを評価論として悔いる暇に、そんなエネ
ルギーと時間と暇があったら、悔いている自分の未来をつくる
ための今目の前の事と人を大事にする。

 私たちは人生をどう生きていくかってことについて、ああだ
こうだ考えることは全然ない。今、目の前の事を大事にし、目
の前の人を大事にする、それの積み重ねだけ。それしか私たち
はできないということです。それ以外に過去に参加することは
できない、昨日の人を抱きしめることはできない。明日来る女
性のことを抱きしめられない。今、目の前にいるひとだけを抱
きしめることができる。そういうことです。

 人生がこれほどシンプルで楽であることを分かってしまうと
、なんにもエネルギーをとられる必要がないから、目の前の事
と人とを大事にしていけばいい。今の心とは、今目の前の人を
大事にし、目の前の事を大事にすることです。

 学校教育の中でも、がんばれがんばれ、未来を自分の力でつ
くりあげなさいって教えられるけれども、未来のことは考えな
くていい、未来のことを考えて心配している暇があったら、今
目の前の人と事を大事にするだけ。私たちの目の前にある人生
というのは、今しかないんですね。

*************
「あのう、この国にはお金というものはないんでしょうか」


紳士は不思議そうに聞き返した。

「おかね・・・ですか。確か、前にもあなたは私にそういう言
葉を言われま

したね」

紳士は少し間を置いてから私に言った。

「少なくとも私は、お金というものは知りませんし、聞いたこ
ともありませ

ん。それは一体、どんな物ですか」


・・・・・・・・・・・・・

「私たちの国では、何か仕事をすると、お金というものがもら
えるんです。

そして、物にはみな値段というのが付いていて、お店で何かを
買ったり、物

を食べたりすると必ずその値段分のお金を払うことになってい
ます。あの、

買うというのはお金と引き替えに物を受け取ることなんですが
、とにかく何

をするにしてもお金がいるんです。お金がなければ生きていけ
ないんですよ」

紳士は興味ありげに私の話を聞いていた。私は続けた。

「みな、自分が働いて稼いだお金を使って生活するんですよ。
だから、いっ

ぱい仕事をした人はいっぱいお金をもらって豊かな暮らしがで
きるんです。

まあ、かなり不公平もありますし、働かないで儲けるずるい人
もいますが・

・・。みな、自分が儲けたお金の範囲内で生活するようになっ
ているんです

よ。だから、お金はどうしても必要なんです」


ここで紳士が口をはさんだ。

「要するにあなたの国では、お金というものがないと、人々が
欲望をコント

ロールできないというわけですか」


・・・・・・・・・・・・

「まあ、そうかもしれませんが、でも、お金を払わなくても何
でも手に入る

のなら、もう、仕事をしなくてもいいじゃないですか。毎日遊
んで暮らせば

・・・」


「皆が遊んでばかりいたら、何も手に入らなくなってしまいま
すよ。物を作

る人も、与える人もいなくなくなるわけですから」


「でも、そういう人もいるのではないですか。働かなくても生
活できるのな

ら、自分一人くらい遊んでいてもいいだろうと思う人が」


「この国にはそういう人は居りませんし、この国に、そういう
人は住めない

ようになっております。それにあなたは、そのお金というもの
と働くという

ことを堅く結びつけて考え過ぎている気がします。仕事は社会
への奉仕です

から、世のため、人のため、ひいては自分のために、皆で働か
なければ世の

中は回っていきません。あなたの言うお金がもらえなくてもで
す。そしてあ

なたが生活に必要なものはお金など払わなくても、社会から奉
仕してもらえ

ばいいのです。事実、この国はそういうシステムになっており
ます」


・・・・・・・・・・・・・

「お金はね、あるとためておくことができるんですよ。働いて
も使わずに貯

金・・・ちょきんというのはお金をためておくことなんですが
、貯金してお

けば、後で必要なときにいつでもおろして使えるんです。たく
さんためると

贅沢ができます。だから楽しいんですよ」


「ぜいたくって何ですか」


「え、ええと・・・自分が欲しい物は何でも買ったり、美味し
いものをたく

さん食べたり・・・」


「この国では、欲しいと思ったものは、すぐにでも手に入れる
ことができま

すよ」


「ただ欲しいくらいの物を手に入れたって、贅沢とはいえない
んです。もう

自分に必要ないくらいたくさんの物とか、値段のすっごく高い
物とか・・・」


紳士は、ぷっと吹き出した。

「そんな、自分が必要もないほどの物を手に入れて何が面白い
んですか。そ

れに、そんなとりとめもない欲望を追っていたってきりがない
でしょう」


・・・・・・・・・・・・・・

「でも、貯金しておくと、年とって働けなくなっても安心でし
ょう」


「この国では、働けない体の人には、みな喜んで何でも差し上
げますよ。あ

なたの国ではそういう人でもお金というものを持っていなけれ
ば、何も手に

入れられないのですか」


私はまだ抵抗を続けた。

「泥棒はいないんですか、泥棒は。人の物を取っていく奴です
。お金は・・

・ないからいいとしても、ほら、あなたの持ち物とか盗んでく
奴」


「勿論、そんな人はいませんが、たとえいたとしても私の持ち
物など取って

どうしようというのですか。大抵の物はお店で新品が手に入る
のですよ。私

が手で作ったものを欲しいと言うのなら、差し上げられるもの
は差し上げま

すし・・・」


・・・・・・・・・・・・・・

「だけど、私の仕事だってね、見積もりを書いたり、支払いの
手続きをした

り、お金に関することがすごく多いんですよ。それに、そうだ
。銀行や保険

会社はどうなっちゃうんですか。お金がなかったら仕事がなく
なっちゃうじ

ゃないですか」


「ちょっと待ってください。よく分からない単語がたくさん出
てきましたが、

あなたの言いたいことは何となく分かりました。要するに、そ
のお金という

ものに関連して生まれる業務、あるいは直接お金を扱う仕事に
携わっている

人は、お金がなかったとしたら、仕事がなくなってしまうでは
ないかという

ことですね」


・・・・・・・・・・・・・・・

「私の想像では、あなたの国は、そのお金というものを動かさ
なければなら

ないために、ものすごい時間と労力のロスをしている気がしま
す。言い換え

れば、不必要なもののために、無駄な仕事を増やしているとい
うことです」


「でも、私の国ではお金がなければ社会が回っていかないんで
すよ」


「それは分かります。でも、あなたの国でもこの紙きれや金属
を食べたり、
直接何かに使ったりしている人はいないわけでしょう。要する
にこのお金と

いうものは、物の価値を皆が共通に認識するための物差しでし
かないわけで

す。ですから、例えば今あなたの国で、このお金が一斉にパッ
と消えてしま

ったとしても、皆そのまま仕事を続けていけば世の中は回って
いくはずなの

ですよ。それに、ちょっと想像してみてください。あなたの国
の、お金を扱

う仕事に携わっている人が、その業務から一切解放された時の
ことを。そし

て、お金を動かすために使っていた時間や労力をもっと世の中
のためになる

仕事に向けたら・・・いや、勿論お金の存在する社会において
もは、そうい

う仕事が大切なのは分かるんですが、もしそうしたら、ずっと
ずっと社会は

豊かになると思いませんか。いいですか。あなたの国では現在
、お金に関わ

っている仕事の人が全員、その仕事をやめてしまったとしても
、みなちゃん

と暮らして行けるだけの豊かさは既にあるのです。そんな、言
ってみれば無

駄なことに時間や労力を使っていたにも拘らず、あなたの国は
やってこられ

たわけですから。ですから、そういう仕事にかけていた時間や
労力を、もっ

と社会の役に立つ仕事に向ければ、あなたの国の人々の生活は
もっと豊かに

なるはずです。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「多分、そのお金というものを得ることが仕事の目的だと皆が
思っているう

ちは、あなたの国の、真の意味での進歩はないでしょうね。仕
事の目的は世

の中の役に立つことです。報酬ではありません。報酬を目的に
していると、

必ずどこかに歪みが生じてきます。自分の行った仕事以上の報
酬を得ようと

したり、必要のない仕事を無理に作って、自分の利益だけは確
保しようとす

る動きが出てくるでしょう。そうなると、完全な競争社会にな
ります。それ

もお互いの向上を目的としたものではない、単なる足の引っ張
り合いになる

はずです」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

紳士は最後にこう言った。

「あなたの今やっている仕事が、本当に価値のあるものかどう
かを判断する、

簡単な方法を教えましょう。仮に、社会からお金というものが
なくなり、そ

の仕事によって報酬を得られないとしても、自分がその仕事を
すべきと思う

かどうかです」

********************
自然農の勉強会です。0s.jpg


第十三回 妙なる畑の会 メモ

●自然農とは、自然の営みを大事にする農業。不耕起草生栽培ということだが、その
方が土地が豊かになる。
生き物の量が増えるので、そこで育てると育てやすい。(沖津)

●自然農をしてだんだん土地が肥えてきて、米ぬかを振ってもそれが過ぎて(過剰
で)虫がつくようになったら、木酢液かけたりしないで2~3年放っておくと、作物
が自然の姿で育つようになる。作物の健康な姿を知っておくこと。大きければよい、
また小さければよいというものではない。これでいいんだろうかと求めていればわか
るようになる。必死で求める。理屈ではなく、本にも書いていない。美の鑑賞能力の
問題。(沖津)

●いらん事しなければ、必ず育つ。(沖津)

●野菜は自然に育つ。いらん事するから育たない。いらん事している場所では育たな
い。そういう場所も時間がたつと育つようになる。最初はできないが、できるように
なる。(沖津)

●虫に食われるのは、虫がいるからではなくて作物の問題(土地の問題)。作物の生
(しょう)が狂っていると虫に食われる。作物が健康に育っていれば、隣でどんなに
虫食いの作物があってもこちらには虫は来ない。(沖津)

●自然農の畑で虫害が出るのは、浄化能力が大きいから。ちょっと妙なものができた
らすぐに浄化される。それが被害のように見える。ほうっておけば出なくなる。虫害
にたくさんあったほうがよい。虫害にあうべき作物はあわなければならない。自然の
中で勝手に育ったものが、よい、健康な作物。虫害また有難し。(沖津)

●多かれ少なかれ食べられる。一つの虫が大量発生するのはバランスがくずれている
から(刈り草の敷きすぎなど)。起きてしまったことは、そのままほうっておけば浄
化される。その虫たちの営みが調和を保つ。(川口)

●一つの畑すべて草を刈ったところ、コオロギの大被害にあった。それ以来、夏に草
をバーっと刈るのはやめた。虫の声を聞いて避ける(三井)。

●今を生きているときは、コオロギの声が聞こえる。(沖津)

●「草によって目の敵にするものがあるか」・・よく聞かれるが、ない。何が生えて
も一緒。草にもみんな役割がある事がわかる。一つ一つの草が土地を豊かにするため
に生えている。荒地には荒地の草。だんだん変わっていく。バランスをくずした土地
を浄化してくれている。ヨモギも、土地が豊かになれば消えていく。上がごつい草は
下もごつい。どんどん土地を豊かにする。セイタカアワダチソウなどは、日本の土地
を豊かにするアメリカからの救世主(!?)。邪魔になるものは抜いたり、刈ったり
する。自由。イネ科のごつい草は、管理が大変だが土地を豊かにしてくれる。(沖
津)

●家庭菜園は、場所が狭いのである程度のリスクはある。無理して作ると、バランス
を戻そうと自然界が働く。虫が出るほど肥えているところにはタマネギの苗床は作ら
ないで、窒素好きなトウモロコシにするなど、適地適作にする。(石黒)
*石黒さんは富山県の山奥で、電話も電気も無い暮らしを家族でしていらっしゃる方
で、5人いるお子さんは、学校にも通っていないそうです。

●虫害は作物の問題が一番大きい。ほったらかしで何もしていないところは虫害が出
ない。ちょっとくたびれたら草を生やして休ませる。全滅するほどの害になるのは作
物の問題。過ぎたところに出る。(沖津)

●有機農業は農薬、化学肥料を使わないというだけ。安全というのは、無農薬である
というだけではない。自然の調和を欠いた作物は安全ではない。虫が出るというのは
何かいらん事をしている。余計に与えている。(福徳)
*福徳さんは、有機農業歴40年の、徳島でも有数の有機農家の方です。
●結球ハクサイがきれいに巻いたものがよい、という頭がよくない。結球しなくても
よい。(福徳)

●教えてもらわないのも大事。畑で必死で悩むと、あるときぱっと分かることがあ
る。ちょっとくらい聞いてもうまくいかなかったりする。(沖津)

●虫をつけるのが間違いで、虫を憎いと思うのが間違い。野菜ばかり作っていると天
敵の住処がない。草が無いとだめ。虫がいろいろ出ると草を生やせばすべて解決す
る。自然が一番。作物には相性がある。例えば麦とウリ、オクラと青じそなど。(福
徳)

●状況、状況が違う。かかわっている人も違う、天候も違うので、それぞれやり方は
違うが、思いが答えを見つける。しかし根本のところの答えが必ずある。一枚の田畑
の中の環境だけではなくて、周囲の環境にも影響されての虫の問題。でも環境は変
わっていく。問題も毎年変わっていく。
作物同士の相性は、いいと思っていても悪かったり、悪いと思っていても、よかった
り。見えないところでの働きがある。(川口)

●有機物(人糞尿)をどこへ捨てるか
米、ご飯一杯よりも、排泄物の方が土に近い。自然農の田畑はそのくらいは浄化する
能力がある。何ぼでも浄化できる。好きなようにしたらいい。食べた分は入れたらよ
い。でも取れた分より余計に入れたら養分過多になる。度を過ぎたらダメというだ
け。自然界には捨てられる場所がある。浄化してくれる。(沖津)

●自然農でやっている田んぼに排泄物をやると問題ない。耕起すると、できすぎるの
で控えた方がよい。うちは3ヶ月に一度汲み取る。3反分、2人。(有田)

●命の世界ではどうなっているか。どのように食べ、出し、死んでいくのか。私達も
一枚の田んぼの中で生かされていると考えればよい。専業農家の場合は、少し問題を
生じる。
一人は一人、一家は一家、地域は地域、国は国。生かされているところで食べて出し
て死んで・・・巡る。一切問題は起こらない。
冬の間に巡らせるというのは、本来の自然からは外れている。本来は田畑に行ってす
ればいいが、そういう訳にはいかないので。
回中の問題は、耕して、虫をじゃまものにすると問題だが、草々、虫々がいて、そこ
へ巡らせると問題ない。巡らせる場所を少し配慮して。作物を作っていない、休ませ
ているところへ巡らせる。(川口)

●月や星を見てやる農法(シュタイナ―農法)について。月や星の影響もあるが、そ
れよりも太陽の影響が一番大きい。暦にとらわれると楽しさが減っていく。やがては
暦から離れて私の感覚で畑へ行って種を蒔く。(川口)

●収入について、子供の教育費について(自然農でどのくらいの収入が得られるのか、
子供の教育費が高いので不安)
子供の最高の教育は親の生き方。親がどれだけ胸をはって生きていられるか。子供の
教育を考える前に親の生き方を明らかにすること。親が今日の一日をどう生きるか、
そこをあいまいにして子供の教育は無い。
親が幸せに何の問題もまねかずに生きていれば、親の真似をすればよいといえる。先
のことは心配しなくていい。先のことを心配し始めたらきりが無い。そのときは何と
かする。台風でも一緒。来る前からあたふたしてもしょうがない。来たら来たときに
対処する。受け入れる。何がどうあってもいける。何が起こってもたいした事ない。
家が壊れたらそのとき考える。その時その時精一杯、一番いいようにやる。(沖津)

●お金が一千万あれば安心というものではない。お金がいくらあったらいいかは分からない。
お米がたくさん取れることと、百姓が豊かに生きることは別。
ここで自分が自分をちゃんと生きているから安心。上手に農作業ができる。お客さん
を思いやれるからお客さんが喜んでくれて、お金をくれる。お金がついてくる。起
こったことは受け止める。十全に生きる。それで地位が保証される。一日一日自分を
生きつくす。それを重ねていく中で地位もお金も保証される。
このごろは、お客さんの数なんて何ぼでもいいと思う。毎日毎日精一杯。農業で、日
本の国で心底豊かに生きていける道はあると思う。(沖津)

●行き当たりばったりと、今を生きるということは違う。将来に向かって必要なこと
を今、全部した上で起きたことを受け入れる。沖津さんは、やるべき対策を全てやっ
た上で台風を受け入れている。(石黒)

●本当の教育が何なのかをまず考えた上で、高校へ行かせるか、大学へ行かせるか。
教育費がかかるというのはどういうことなのか・・・。子供は親に金がなかったら、
金を出せとは言わない。(石黒)

●三井さんのレポートの中に、「地震、大津波など様々な出来事についても、それを克
服しようという考えにはついていかない生き方もある」とあるが、それについて。
都市というのは人の手に負えない作りになっている。地震のあと重機が無いと片付け
られない。人の力だけでは何もできない。常に大型機械を用意しておかないといけな
いシステムになっている。新潟にしても、地滑り地帯に住んでいるという意識があっ
たのか。地球のやわらかい表面に私たちは住んでいる。
トラクターを使っていたときはトラクターを使うようなシステムの中にいた。トラク
ターを手放した時、虫の声が聞こえた。コンクリートでわざわざ固めなくても、崩れ
るところは、崩れる。(三井)

●不安ゆえに次の一歩を踏み出せない。不安ゆえにいろいろな対策を立てる。しかし
本当に不安があるのかを明らかにする必要がある。不安が無いなら、不安にならない
ようにしなければならない。
不安への解決の仕方は、自然の理に沿ったやり方でなければならない。例えば、コン
クリートで固めるのではなく、石積みにする。コンクリートで固めたから絶対に崩れ
ない訳ではない。崩れたとき、石積みなら積み直せる。石油に頼らないで農耕生活を
するのに必要な道具は、すでに用意されている。自然の恵みを上手につかって手作業
でできる。その道具はすでに用意されている。
生きていることそのものが、うっかりすると不安になることがある。お金があって
も、周囲が整っていても。
周囲が整えば整うほど、精神が弱くなる。周囲を整えずに、自分に力をつければ不安
はなくなる。何にもすがらず、私が一人で強く生きていけるようになる力は、不安に
陥ったときに養われる。人間社会の中ではなくて、大自然の中で私の命を一人で生き
ることができるかどうか。(川口)

●不安な気持ちは有難い。その気持ちをあいまいにしないで、正面から受け止めたと
きに成長して行ける。本当はどうあるべきなのかということを考える。(沖津)

●私のありようを正すことをしなくて、他人を正しくすることなどはできない。(沖津)

●向こう側の不安を解決しても、不安になる私がそのままだと不安はなくならない。
動物的本能は退化している。ある部分では発達しているが。不安は一生つきもの。(川口)

第三日目 川口さん講演より

●夜が明けるのを目で見なくても体で感じられる。自然と一体なので。今朝、昇る太
陽に雲が赤く染められていた。染められる雲と、染める太陽と、私も一体となっている。

●一枚の田んぼの中でお米だけが育つのではなく、他のたくさんの命があって、その
中でお米も生きていることができる。どのような草が、どのような小動物がいればい
いかなど考える必要はない。草々、虫たちとともに私達も生きることができる。生き
るに必要なものは自ずからその場にもたらされ続ける。他の命をじゃまにしなければ
自ずから用意される。

●肥料分というのは次の命が生きるのに必要な一つの要素に過ぎない。それは耕さな
ければ表面の土にすべて用意される。養分も、微生物も自ずから命の営みによって用
意されている。肥料分以外にも必要なものがある。耕さなければ動植物の死体がかさ
なっている。死体を食べる生き物がそこに存在する。その死体は朽ちていく。その朽
ちていっている場所にお米は根をさして生きていく。過去の命の営みを舞台にして
育っていく。肥料、水分、酵素の働き、微生物、水はけなど必要だがそれ以外にも必
要なものはあり、それは耕さなければすべて用意されている。他の命が生きているか
らお米が健康に生きていける。空気や水や肥料分だけでもキャベツやお米は育つが、
十全に生きることはできない。

●過去の命の続きの上で私達は生きている。耕すことは過去の命の舞台を壊すこと。
耕さないことによって、次の命が約束される。

●草は欠かすことのできない存在。足元を豊かにしてくれる。草は命を全うしてあげ
るのが本来。
田畑に於いても全うしてあげる方が田畑はいい状態になる。一生まっとうさせてそこ
に寝かせば、そこは次の命を育てるのによい状態になる。例えば途中青いうちに刈っ
て寝かせば、バランスは崩れる。アブラムシが作物をおかすのではなく、アブラムシ
に侵されるような余計なことをした。青葉が茂っている頃に刈った草と、一生を全う
したあとの草では違う。一生を全うした草は、若い頃に無かったものが作られてい
る。また、いろんな種類の草があると、調和を保つ。いろんな成分がある。わざわざ
マメ科の草を育てて、窒素を持ってこなくてもよい。
マグネシウムも鉄分もカルシウムも、自然にしておけば全て用意される。

●田んぼのいろんな小動物は、他から持ってこなくても、条件がそろえば自然にそこ
に誕生する。たくさんの小動物の死骸は次のお米の糧になる。草だけではだめ。小動
物もいなければ。小動物の排泄物も落ちる。その排泄物を食べる生き物もいる。

●生かし合いの関係は殺し合いの関係。作物が小さいときは草を抜く=死に追いやる
=殺す。このことをやらなければならない。きれいに殺す=きれいに草を取る。お米
を食べる=お米の命をもらう。お米を殺して、自分が生きる。草も私も一体であり、
別ではない。最小限度の他の命をもらって生きる。

●人間の体の中で、皮膚・内臓・骨・・・個々別々であるが、一体の営みをしてい
る。両方が真実。
両方見えてこないとだめ。自然農の田畑に立っていればわかってくる。自
ずから知るようになる。思い巡らせるだけでは納得が入らない。自然界に身をおいて
それを体得する。言葉を通して理解すると同時に身体を通して、経験を通して納得で
きる。認識が欠落すれば、体が知っていてもわからない。体得がなければ認識があっ
ても、納得が入らない。
野に立つ人は自信を持てる。どんな偉い哲学者でも、野に立っている体験の無い人は
本当のことがわかっていない。今に信を置けない。私に信を置けない。自然界に信を
置けない。野に立っていない人はすぐわかる。

●野に立っていれば、その定めの中に入るので、どうしたらいいかとか考えなくても
自ずからわかるようになる。
基本のところのものを手に入れることができる。必ずしも田んぼに立たなければいけ
ないことは無いけれど。

●「問いを生きるのではなく、答えを生きる」とは?
問いは大事。命の本質に基いた問いは大事。例えば、食べ物の安全性、環境問題、資
源の問題・・・と言う問いを発する事は大事。でもいつまでも警鐘だけではいけない。
答えが明らかになったら、少なくとも私はその答えを生きなければもったいない。全
ての人がその答えを生きられるかどうかはわからないが、少なくとも私は答えを生き
る。人の命は短い。もったいない。
喜びのうちに一生を全うしたい。道筋が明らかになったならば、そこを生きないと
もったいない。状況がいかであれ、私は私の答えを生きる。

おださんのレポートより。
0.jpg

オレンジピールパンです。シャロム特製のリンゴジャムと僕が作ったオレンジピールを練り込んでいます。最近は手ごねです。
シャンティ!いつも、お疲れ様です。

最近のぼやき・・・。

年に1度くらい、1週間真っ白なページの手帳があったって、いい。(突然?)

「旅をして人生が変わるなんて「マヤカシ」なのかもしれない。でも旅を通して
感じる想いをおさえることはできるだろうか。ただ旅を賛美しているわけではない。
旅をして、どうしようもなく受け取ってしまった感情を、表現したいのだ」 
雑誌「NEUTRAL」より

あっというまに6月ですね。
今週も一週間、お疲れ様でした。
この1週間は、どんな毎日でしたか?

私はというと・・・

毎日毎日、分刻みで時計とにらめっこし(嘘・・・)、
手帳は、TO DO LISTと予定で真っ黒になっています(嘘・・・)。
やらなくてはいけないことだけで、やりたいことは何一つ手が回らないまま、
終わってしまった感があります。(嘘・・・)

それに引き換え、冬・・・1週間の手帳は、
当たり前ですが、見事に真っ白です。

一応腕時計はしていましたが、それは、

「いつ太陽が昇って」
「いつ太陽が沈んで」
「いつ潮が満ちてくるのか」

ということを確認するためだけに、見ていました(かっこつけ・・・?)。

目の前に次々と展開する大自然を、五感で感じるだけで精一杯でした。
前も後ろも見ずに、目の前にある現実だけを受け止めて、本当に最低限の、その日を
生きていくことしか考えていなかったような気がします。最低限だったけれど、濃い
濃い毎日。

今思うと、何と貴重な、何と贅沢な時間だったことでしょうか。

手帳が真っ白な1週間・・・書かなくても、すぐに思い出せる。そのとき出会った人やその瞬間の雰囲気、そして香りまでも。ずーっとずーっと覚えてる。
でも、真っ黒な手帳は、みなきゃ細かいことまで思い出さない。そこに書いてあることがすべて。

手帳が真っ白な1週間というのは、密度の濃い時間かもしれません。
密度のある時間、最近体験していますか?(って自問自答です)

でも、真っ白な1週間は、待っていてもやってきません。
自分で捻り出すものです(かも・・・?)。

そして、
手帳は真っ白でも、
一生忘れることのない、
かけがえのない大切な時間を手に入れることができます(できたらいいですね・・・)。


思いきって手に入れた1週間の旅(体験ステイ)は、自分に刻まれた体験となり、そこから得た、自分にとって欠かすことのできない判断基準は、確実に、あなただけの血肉となります。
(なればいいですが・・・まー理想ですね)

夏はもうすぐそこにせまっています。

***

「ここではカヌーを漕ぐこと、メシを食うこと、寝ること、魚を釣ること、本を読む
こと以外にすることがない。・・・これがアラスカやカナダの川旅のいいところだ。
単純に、単純に。もっと、より単純に。そして、大切な点だけは貪欲に味わい、
強調して生きる。枝葉末節の事柄はどうでもいいのだ。」

「川旅の生活は、「切り捨てる」生活だ。いつも何かを捨てている。生存に必要な
もの以外は持ち歩く余裕がない。あれば便利、というのではなく、それがないと
生きていけない、という見方で決める。身の回りの品物が少なくなり、生活が簡素に
なると、感情と思考が単純になるところがある。

子供の頃のように、一日に考える事柄が五本の指で足りる生活だ。・・・いま、一番
大切なのは、・・・一日24時間を完璧に、自分のルールで生きること。生活のすみ
ずみに至るまで、自分が支配して生きることだ。それを邪魔するやつは銃で射殺する。」

「北の川から」野田 知佑著・小学館より抜粋 

脈略のない、メールですが・・・

僕自身、常に、真っ白な手帳を心がけているつもりですが・・・結局つもりな、わけで現実は、バタバタしています。
でも、やっていくしかないわけで。。。

be simple& be natural!
シャンティ!         ごかいちでした・・・
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